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2008年9月15日 (月)

南木曽町「電力王・福沢桃介記念館」を訪ねて

福沢桃介記念館

Kinenkan0852      08/09/15

 平日とあって記念館には、だれも見学に来ていないようである。案内には、西尾さんになれた口調で説明をしていただきました。ほんとうに、部屋の様子や当時の歴史、掲示物の説明と細かく説明をしてくださいました。(感謝!)
記念館の見学は、今年の7月でした。下書きで眠っていたのですが、9月に入って名古屋市都市センタ
ーで「福沢桃介の歩み」展が開かれパネル展示を見てきたのがよみがえらせました。

 妻籠宿から国道19号線を北へ4kmほどの所に位置しています。山の歴史館は、もと御料局名古屋市庁妻籠出張所庁舎で渡り廊下でつながる桃介記念館があります。

★電力王と敬称された福沢桃介が、木曽川水系の発電所建設のために建てた旧別荘を、記念館として公開しています。
レンガ造りの西洋風な建物で、桃介の愛人貞奴もしばしばここを訪Sada_momo0909れ、桃介とともに滞在したため、
桃介と貞奴のロマンの館としても知られています。当時を偲ぶ2人の写真や遺品が展示されております。貞奴が愛用した茶碗など も残っています。
2fyouma_0923またこの記念館は、大正時代の貴重な西洋風別荘建築としても知られており、館内に一歩足を踏み入
れると、桃介と貞奴が過ごした大正ロマネスク時代にタイムスリップしたような錯覚に陥ります。
福沢桃介と川上貞奴、福沢桃介は旧姓を岩崎といい、埼玉県川越に生まれ、慶応義塾に入塾したのが縁で、福沢諭吉の婿
養子となりました。幾多の事業を手掛けた後、電気事業に関係するようになったのは明治41年からで、大正8年に木曽川水系に賤母発電所を築いたのをはじめ、次々に発電所を築き電力王といわれるまでになりました。 川上貞奴は東京に生まれ、長ずるに及んで芸奴となり、明治の顕官らの贔屓(ひいき)を受けましたが、明治23年に川上音二郎と結婚し、以後新派演劇の発展に尽力しました。日本で最初の女優とうたわれました。

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 桃介は、木曽川水系に多くの発電所を建設しましたが、その現Hatu_kansei953地の宿舎として、風光明媚な三留野
の地に別荘をもうけ、現場の指導にあたりました。その際、しばしば貞奴を伴って、避暑のため長期逗留しました。貞奴が三留野駅(現南木曽駅)に降り立つ度に、高名な女優を一目見ようと、黒山の人だかりだったといいます。
 桃介記念館の近くには、桃介が造った桃介橋と読書発電所、柿其Hatu_rakusei954水路橋があります、これらは「近
代化遺産」として国の重要文化財として指定されています。天白公園、山の歴史館も隣にあるので、これらも一緒に訪れてみてはいかがでしょう。 ,

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南木曽町   http://www.nagiso-town.ne.jp/  

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3sakura_0855 3色の桜の木は、桃介さんがスイスに水車を買い付けに行ったときに見つけて、3本を
須原発電所に植えた。その後、枯れたりして関電の人が手入れをして写真のように育ったとのことです。

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それでは、記念館の詳細についてお話します。

★記念館は、妻後宿に明治33年から昭和8年まで使われていた。その後、国道沿いに建て直しがされ引き続き民家として使われて昭和60年に国道の拡幅工事で記念館としてここに移築された。.

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Kabeita10858_2 ★構造の説明:天井板は平面で無く緩やかに膨らみがある。同じ材料の壁の写真です。 .....                               . 

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Riyuti_886_2 ★留置場の謂れ、それは木1本首1つ、林政改革の時代で、火縄銃の道火線に使うために木の皮を剥いだりして取調べをするために留置した部屋があります。

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Kijisi_no_ie0862 ★木地師の家
小さな家で木技師の里にあるそうです。 
木地師の元祖は、 「*惟喬親王と木地師の里」  *これたかしんのう  

手形があれば全国どこでも行けた。
ありがとう村に惟喬親王のお墓があります。,

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★蛇抜け
「蛇抜け」じゃぬけ
天保15年に尾張様が下山の中野沢というところでね。
御用材を伐ってどえらい蛇抜け(水害による土砂崩れ)がしたそうだ。
そいで人夫がもうべったり(沢山)流されたって。
その供養のために与川渡に地蔵さんが建ってたわけよね。
(「民族調査報告書長野県木曽郡南木曽町与川」、p72、和洋女子大学民族研究会・1972)
河川伝統技術名称: 「蛇抜け」
分類:民話・言い伝え年代:19世紀代
河川名:木曽川支川与川等
都道府県/地先:長野県/南木曽町

★木曽山のあらまし
http://www.nagiso-town.ne.jp/html/nagiso/rekisi.htm

  
★関西電力
名古屋電燈から一度出てが、会社が危なくなり戻された。そして、大阪が名古屋よりも電力需要が大きかったので、大阪の古川橋変電所に送電したので大同電力(関西電力)が管理するようになったそうです。

 


★復元
昭和35年に不始末から2階部分が焼失して、平成9年に復元した。

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★名古屋市都市センターで「福沢桃介の歩み」展 は9月28日(日)迄です。 金曜日は。夜の8時迄延長していますので仕事帰りに都合がいいですね。

次回は、木曽川源流の木祖村、奈良の当麻寺、恵那の聞き書きを時間の許す限り?ブログに書きましょう。(自分に言い聞かせています).

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